2018年12月13日

『全身TATOO&ピアスな不良中年が片マヒになってただいま元気にリハビリ日記』♯047

『全身TATOO&ピアスな不良中年が片マヒになってただいま元気にリハビリ日記』♯047


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リハビリするひと。

白本 朋求(シラモト トモキ)
1964年10月14日大分県日田市生まれ。
建設省役員の父親の仕事の関係で、高校卒業まで九州で過ごす。
その後、2浪して法政大学経済学部に入学するも学費未納で3年で中退。
以降、様々なアルバイトに従事。新聞社、業界紙等で契約社員。出版業界紙で書籍の編集、執筆、校正等に関わる。
これらの仕事を辞め、某タレントのマネージャーを1年間勤める。
その繋がりからフィリピンでの事業に着手、独立し、フィリピンはカビテで衣料を中心とした日本製品の中古ショップを開店した。
ショップのさらなる拡大を目論み、帰国するも、脳出血で倒れ、長期入院。退院して現在、リハビリに奮闘中。



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先週から、本格的に寒くなってきたみたいだ。

先日、朝で気温2度、昼間でも5度だった。


これまで、部屋にオイルヒーターを置いてても、使うのは寒い朝くらいで、ずっとウォーキングを続けているからか、暑さとともに寒さにも強くなったんじゃないかと思ってた。

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確かに、4年前の退院した年の冬は、部屋にいればヒーターは付けっぱなし、トイレでも、風呂場でも、小型の電気ヒーターを持っていくくらいで、
寝る時も靴下は欠かせない、ヒートショックを気にして寒さにはとても神経質になってた。


寒いと血圧が上がるので、寒くてちょっとでも震えたり、冷たいと感じたりすると、また切れるんじゃないか…と怖かったのだ。


トラウマだね。





今年は、去年よりも寒くなるのが遅いと思うけど、今はそんなに気にしてはいない。


部屋のオイルヒーターも、10分も付けてると20度になって、すぐにいらないと思うようになった。


ただ、激しいウォーキングで下半身の脂肪が燃えたらしく、硬いところに座るとケツが痛いし、上半身よりも下半身が寒く感じる。

腹回りはまだ脂肪がついてるけど。





寒いと、どうしても麻痺の右半身がこわばったり、重かったり、節々が痛くなったり、なんか調子が悪かったりする。

特に肩から肘にかけて。


痙縮がヒドくなり、キュッと内側に上がることも多い。


やっぱり神経がまともに通じてないのだなぁと悲しく自覚するのだが、そこで、ちょっとやそっと調子が悪くても、ウォーキングやリハビリを休むことはしないのだ。

なるべく。


やってればなんとかなるものである。


何か得るものがあるのである。





調子が悪くても、無理にでも一万歩以上のウォーキングをすると、調子が良くなってくるから不思議だ。


リハビリは、“考えるよりも先にやれ、やりながら考えろ”が、最近の俺のモットーだ。


…カッコいいな、俺(笑)。




もう人生も半分過ぎると、あまり時間もない。

どこかで、死ぬまでに、やれる時になるべくやっとかなきゃって思ってる。

ウチの老いた両親、特に親父さんを見てると、そういう思いを強くする。


ただ寝て、食って、テレビを眺めて、病院に行って、が中心の生活。

まだ動けるのに、お袋さんを助けるでもなく、本を読むでも、映画を観るでも、外に出て何かを得るでもなく、
ずっと家の中にいて、趣味も、意欲も、感情さえもない、ただ動物として生きてるだけの生活。


退屈は死に至る病だと思うけど、退屈さえも感じなくなってると思われる生活。


医者に言わせると認知症の初期段階らしいが、親でもあるし、見てると、自分も早く何かしなきゃと焦ってくるのだ。

だから、今はクルマの運転をはじめ、両親の様々な介護が中心になってきてるが、やりたい、興味を持ったことは、片麻痺でも出来る限りのことはやろうと思う。


それに日々の食事やリハビリ、トレーニングなど、ストイックな生活が(強いられてるのだが)、そんなに苦痛じゃなくなった。

やっぱりマゾヒストだし(笑)。


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親父さんは、外を徘徊など、ヒドくはなってないが、夜中に起きて、冷蔵庫を開けて手当たり次第にムシャムシャ食って、飲んでることがある。


朝に問い詰めても全く覚えてない。


仕方なく冷蔵庫に鍵をかけるようになったが、どんなにボケても、食欲だけは残るんだね。



定番の言葉、「飯は食ったかね?」も時々。

まあ、もうそろそろ終わりは近いと思うが。




ウチの親戚には、これまで耄碌はしても、認知症になった者はいない。

だから認知症の遺伝子はないと勝手に思ってる。

親父さんは、前から家にいることが好きで、仕事のことで数学・電気関連の本を読んだり、
新聞の切り抜きや電化製品の取説、領収書などをファイルしたり、日記を付けたり、とにかく細かく何でも整理して取っておく傾向にあった。


加えて、最近までパズル雑誌を購入、暇があれば解いてた。


本人は「ボケ防止じゃ」と言ってたが、ここまで頭を使っても、ボケる時はボケるんだなぁと思う。



やっぱり家の中で独りでシコシコとボケ防止策に取り組んでるより、
外に出て歩いて五感を使って自然や街や人の流れを感じ、他人とのコミュニケーションで軽いストレスを感じ、新しいことを見つけ、興味を持つことの方が何十倍もボケ防止には効果があると思う。


翻って、出血で一部壊れた脳のリハビリを考えると、苦労しても、積極的に外に出て、何かを見て感じた方が良いと思うのだ。

考えるのはその後で充分だ。




都落ちで熊本の田舎に帰って来たけど、探せば、ココにも興味深い、見に行きたいモノがけっこうあるもの。


最近クルマの運転が復活したことで、範囲が広がったし。

俺の得意な、“住めば都にする”だね。






さて、脳細胞の損傷で神経がまともに通じてないといえば、いきなり下半身の話だけど、アソコの変化を見ててもそう思う。

加齢もあるかもだが、ティンコ(笑)がイマイチ、充分に満足するほど大きくならない。


朝、起き抜けの時は、おお、以前のオレに戻ったぁと満足するが、それ以外は…。


時にはコドモの様にキュッとなってる。

ナンノコッチャだけど、こういうところでも、脳出血の後遺症(多分)がわかるのである。






さてさて、やっと複視矯正メガネを作った。

ほぼクルマの運転専用になると思うけど。


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今まで、既存のメガネの左のレンズに6度のプリズムシールを貼って、4ヶ月くらい視力や矯正率などの様子を見てきた。

やっと落ち着いてきたということで、メガネ屋で、両方のレンズに3度づつプリズム(光の屈折度)を入れたものを作製した。


完全矯正はムリだけど、今までのプリズムシールよりも、視界がクリアになって嬉しい。

シールもいいのだが、取れるんじゃないかという不安(滅多に取れないけど)と、メガネ拭きで完璧に磨けないということがあった。


モノが二重に見えてしまう複視ってのは、ホントに厄介だね〜。

右片麻痺だから、右眼の視神経が麻痺してるのか、顔面の右側が少々麻痺してるためか、
病院でも聞いてないし、わからないけど、天候や光の具合、見る方向などによっても、二重の幅が変わってくるから、イライラする。


俺の場合、ズレないようにしっかりとメガネを上げて(鼻が低いから、よくズレる)、
ちょっとうつむき加減で真っ直ぐ前方を見る姿勢が一番二重の幅が少ないし、時には真っ当に見える。

苦労はするけど、これも慣れるしかないね。





今年ももう少し。

来年は脳出血で片麻痺となって5年目。

節目の年として、次に進むよ!



多分。





リハビリウォーキングで菊池を歩くP

家から歩けば2時間以上はかかるね。

菊池のけっこう端っこ、菊池公園の先の方(…といってもわからんよねー 笑)、築地井出界隈。

県が主催する「くまもと景観賞」において「緑と水の景観賞」を受賞した、落ち着いた水の流れと隣接する集落の風情ある景観を眺めることができる憩いの場所だ。


なんのことはないド田舎の風景だけど、蛍の出没スポットでもある。


ということは、水がキレイということだな。


周囲には、大正時代に建てられたという加藤清正公の像(なんかちっこい)や、菊池一族の時代の輪足山東福寺、22代菊池能運の墓、横穴古墳群などがある。


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